東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)35号 判決 1959年6月23日
原告 丸山秀三
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨及び原因
原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十年抗告審判第一、二八〇号事件について昭和三十二年七月九日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。
一、原告は、別紙表示の商標につき、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品とし、かつ、右商標中「元祖」の文字については権利を要求せず、として、昭和二十六年七月二十五日特許庁に対して商標登録の出願をしたところ(同年商標登録願第一五、一〇八号)、昭和三十年五月十九日に拒絶査定を受けたので、同年六月十七日抗告審判を請求し、同年抗告審判第一、二八〇号として特許庁に係属したが、特許庁は、昭和三十二年七月九日に至つて、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、同月二十日に原告はその審決書謄本の送達を受けた。
二、右審決の要旨とするところは、原査定において拒絶の理由に引用した登録第九〇、六二一号及び登録第九一、一五四号の各登商標はいずれも「三桝」の紋章を顕著に表わして成るものであるから、「三桝(ミマス)」印の称呼、観念を有するものであること明らかである、としたうえ、本願商標は中央に大きく正六角形を三重線で表わしているから、「亀甲(キツコウ)」の称呼、観念を生ずるが、右亀甲図形の両側に「三桝」の紋章を顕著に表わして成るから、「三桝(ミマス)」の称呼、観念をも生ずるものといわなければならないい、とし、この事実認定を前提として、原告の前記出願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、これを登録することができないものである、としたのである。
三、右審決は、事実を誤認し、商標法の解釈を誤つた違法なものであるので、取り消さるべきである。
(一)、審決は、前掲両引用商標は「三桝(ミマス)」の称呼、観念を有すると認定して、これを法律上の判断の前提としての直接事実としているが、およそ、引用各商標のような図形商標の場合にあつては、その外観より一見して明白な場合はともかくとして、その商標より一定の称呼が生ずるものと認めるためには、その図形から特定の称呼の生ずることを首肯せしめるべき事実を示すべきであるといわなくてはならない。しかるに引用各商標のごとき構成の図形を一見してただちに紋章「三桝(ミマス)」なる称呼、観念が生ずるものというべきでないにかゝわらず、これより「三桝(ミマス)」の称呼、観念が生ずると判断するための事実は何ら示されていないのである。
(二)、次に、審決は本願商標の構成が取引上いかに認識され、印象づけられて、自他商品を識別する機能を有するかの、事実の認定を誤つている。すなわち、審決は、第一に、本願商標中顕著にして人の眼をひく部分は「亀甲」の部分であるとして、「亀甲(キツコウ)」の称呼、観念がこれより生ずるものと判断しつつ、第二に、これとは別個に(すなわち、要部でない附記的な部分について)、右「亀甲」印の両側に「三桝」の紋章があるが故に、「三桝(ミマス)」の称呼、観念をも生ずると判断したことは、前後矛盾するものであり、前の認定と後の認定とは相反するものであるといわなくてはならない。いうまでもなく、商標の要部は商標の支配的要素のことをいうのであり、商標全体より「亀甲(キツコウ)」なる支配的要素の存在を認定しつゝ、これとは別個に、附加的部分より他の称呼、観念を抽出して、法律上の判断の前提たる要件事実を認定することは、事実認定を誤つた違法があるというべきである。加うるに、本願商標の中央の顕著な「亀甲」図形の両側に附着せしめられた一見「サイコロ」型の図形の端部は、商標全体からみて何らの意味をもたないものであるにもかゝわらず、これを本願商標の要部と認定し、しかもこの「サイコロ」型の図形の端部を「三桝」の図形であり「三桝(ミマス)」の称呼、観念が生ずるものと判断したことは、商標法第二条第一項第九号の要件事実の認定を誤り、違法に抗告審判の請求を排斥したものであるから、本件審決はとうてい取消を免れない。
四、一般に出願商標が既に登録された商標と類似するかどうかを判断するについて、当該商標の外観、称呼及び観念の三者につき考察するのが通例であるが、この三者に共通して言えることは、その類否は、商標の全体的、包括的、直感的及び自然的観察によつて決定すべきであるということである。そもそも、商標の本来の性質は商品に関し、一般社会生活上ないし一般取引上、その標識の目的のために、営業上使用される形象(又は標章)であることに存するから、一般的、通俗的にこれを理解すべきものであり、ことに大衆を対象とする関係上、決してその道の専門家たちの徒らに分析的、部分的、概念的、理論的、独断的、興味本位的考察に逸脱すべからざることはもちろん、それが必ずしも芸術的なものであることを要しないことは、当然の帰趨である。
(一)、されば、商標の外観を対比する場合において、いわゆる離隔的観察によつてこれをなすべきはいうまでもないが、更に前記のように全体的、包括的、自然的観察によつてすることを要すべく、したがつて、これらの商標がいわゆる慣用標章或いは権利不要求の部分を包含する場合には、これらをも含めてその全体的構成を観察することを必要とし、その構成する原形、個数、配列、模様、色彩等について観察すべきは、もとよりであるが、さればといつて前記のような基本的事項を閑却、又は忘却して、単に分析的、部分的観察に終始すべきではない。
(二)、次に、商標の称呼の類否を決するについても、その商標の全体又は主要部分から流出する自然的又は社会通念、或いは一般購買者(取引上)の通俗的もしくは常識的な称呼によつて判別することを要すべく、徒らにその構成部分を分析的、部分的に抽出して対比することを回避すべきである。そして、商標の称呼について、商標使用者の意図したところ(主観的称呼)は、これのみによつて客観的称呼を決すべきではなく、これに基き、かつ前記客観的事由に基準をおいてこれを決すべきではあるが、こゝに最も留意を要すべき点は、出願後長年月を経過して継続的に、かつ広範囲に実際の取引上出願者の意図するような称呼が慣用又は通俗に取り扱われるにいたつたときは、たとい概念的に多少同種の音が既登録の称呼中に含まれていたとしても、これをもつて類似であると断ずることは不当である、ということである。
(三)、更に商標の観念による類否の判別であるが、これ亦前記の理由によつて社会通念上、はたまた取引上流出する、全体としての直感的、通俗的印象をもつて対比するを相当とすべく、したがつて、かの種々揣摩臆測して始めて理解観念するにいたるべき、特殊な知識又は技能をもつてする考察対比を必要とするものではない。
五、いま、本件審決の不当不法なるゆえんを指摘せんに、審決理由も亦商標の外観、称呼、観念の三者に区別して判断しているのであるから、原告も亦その区別に従つてその当否を検討することとする。
(一)、商標の外観の類否について、審決理由は、本願商標と引用各登録商標とは外観上若干の差異が認められるとし、その若干の差異とは、本願商標の中央に大きく正六角形を三重線で表わした図形が「亀甲」を表示しているということを指すものであることは、明白である。しかし、本願商標と引用各登録商標とを離隔的観察によつて対比し、前に主張したような理由によつて、右図案の原形、個数、配列、模様、また、「元祖」なる権利不要求の部分をも総合した全体的構成を社会通念もしくは取引上健全な常識にしたがい考察するときは、著しく相違していることが明白である。ことは、原告は本願商標の対象たる商品につき右商標を表示した掛紙(甲第五号証)を該商品の外側上部に必ず添付使用しており、その使用期間は本件出願の昭和二十六年七月二十五日から、本訴提起の昭和三十二年八月十四日までにすでに満六年余、場所としては、原告の本店所在の館林市内及びその近郊はもとより、原告の支店又は直売所の存する桐生市、前橋市、足利市及びその各近郊並びに日本全国にわたり、枚数は実に総計六十四万枚が使用拡布されたが、その間毫も引用商標を表示した甲第六号証の掛紙と混同された事実がないのである。畢竟、審決のこの点に関する基本理念は、かつ専門家たちのおちいりやすき、商標の一部又は要部のみを部分的、分析的に抽出し、全体的、包括的に一般社会観念にしたがい、又は取引上の通俗的観察をなすべきことを閑却又は忘却した誤謬に坐したものというべきである。
(二)、次に、審決は、本願商標の称呼と観念とにつき一括して、結局「三桝(ミマス)」の称呼及び観念を生ずると断定しているが、これ亦原告が前に主張したごとき明白な誤謬におちいつたものである。
(イ)、まず総括的に指摘すべきは、審決は徒らに本願商標の構成部分を分析的、部分的に抽出し、もしくは独自の印象観念をもつて批判し、もつて、その全体的構成、又は主要部分、なかんづく、自ら「亀甲(キツコウ)」の称呼及び観念を生ずると断定したところの、中央に大きく正六角形を三重線で表わした部分、及び、権利不要求部分とはいえ、「元祖」の文字を、いずれも全く意義なからしめたものであつて、前記商標本来の性格から来る、全体的、総般的、自然的、直感的な観点に立つて、社会通念にしたがい、もしくは取引上通俗的又は常識的になすべき判断から遊離してしまつた、ということである。
(ロ)、次に審決は、本願商標について「亀甲図形の両側にいわゆる「三桝」の紋章を顕著に表わして成るものである」と摘示しているが、右はきわめて不用意にして不適当な歪曲した事実の認定である。すなわち、本願商標の構成を自然的に観念するときは、「亀甲形図形の背後の両側に三桝の紋章を二分の一程度夫々配列して図案化したものである」と立体的に摘示すべきであるのに、これを避け、必ずしもあまり顕著でもないものを「顕著に表わして成る」と表示したことは、行政官庁のおちいりやすき独断、又は既登録の商標に眩惑されたことに基因するものというべきである。それは、いわゆる特別顕著性に関する判断を示すものではないこと、判文の前後をつぶさに考察して明白であるが、もし、さような法律判断を示すものであるとすれば、なお更不当なものである。
(ハ)、審決がその前段において前記のように、せつかく中央に大きく正六角形を三重線で表わした図形は「亀甲(キツコウ)」の称呼及び観念を生ずると断定しておきながら、敢てことさらこれを更に分析して、右亀甲の図形も「三桝」の図形を組み合せて図案化したものと印象され易いから、「三桝(ミマス)」の称呼及び観念を生ずると断定するに至つては、あたかも○(マル)を三個組み合せて「ミツワ」、五個組み合せて「五輪」とした図案について、いずれも○(マル)を組み合せて図案化したものであるから、○(マル)の称呼及び観念を生ずるものとなすに等しく、本件審決は全く当初から原告の出願を排斥せんがための判示であるとの疑をうくべきかどなしとしないところである。
(ニ)、而うして、更に審決の本願商標の称呼及び観念について認定したところによつても、本願商標は「亀甲形三桝(キツコウガタミマス)」の称呼及び観念を有し、既登録の引用各商標の単に「三桝(ミマス)」の称呼及び観念を有するものとは類を異にすることが明白であるばかりでなく、いわんや、前記理由によつて、これに「元祖」なる文字を配するとき、その自然的、直感的の社会通念もしくは取引上の常識に照せば、「亀甲形三桝の元祖(キツコウガタミマスのガンソ)」もしくは「三桝亀甲形の元祖(ミマスキツコウガタのガンソ)」、或いは「元祖亀甲形の三桝(ガンソキツコウガタノミマス)」の称呼及び観念を有するというべく、原告の本件出願における意図も亦これをもつて足り、ことに実際取引ににおいて使用されている本願商標の甲第五号証と既登録商標の甲第六号証の各掛紙を対比考察するときは、外観上はもとより、称呼及び観念の上においても、とうてい彼此混同せらるべき筋合のものではない。
(三)、要するに、本件審決は、既登録者の主観的、感情的な反撃による異議申立の理由に眩惑されて、冷静に自然的客観的考察をすることを閑却又は忘却したか、或いは前に主張した専門家たちのおちいりやすい幣害に坐したため、結局合理的な自然的客観的、かつ素直な判断を誤まり、ついに本件出願をもつて商標法第二条第一項第九号に該当するものと速断するに至つたもので、事実の認定を誤まると同時に、右法条の解釈をも誤つた不当不法のものであり、とうてい取消を免れない。
六、元来商標について商標法第一条第二項にいわゆる「特別顕著性」を具有するか否やは、商品に関し一般社会上、ないし一般取引上その標識の目的のためにする営業上使用する形象(標章)であることの商標本来の性質にかんがみ、具体的場合に臨み条理と健全な常識とにしたがい決定さるべきはもちろんであるが、これを定める基準に通常二つの場合がある。その一は商標の構成自体に特異性の存する場合であり、その二は、当該商標自体には何ら特異性がないが、永年広範囲に使用され、一般社会人の認識において顕著となつた場合で、後者の場合には、出願後永年広範囲に使用され、一般社会人に広く認識されて、顕著となつた場合をも包含するものと解すべきである。本件商標を前に主張した観点に立ち、全体的、総般的に離隔的観察をするときは、前者の意味における特異性を有することにつき、疑をさしはさむべき理由はなく、またそれは前に主張したごとき甲第五号証の掛紙の継続使用の事実によつて、一般社会上広く認識された特異性を有するに至つたというべきであるから、本願商標は明らかに前記両者の意義における特異性を具有するものと断ぜざるを得ない。(商標法第二条第一項第九号に規定する、他人の登録商標と同一又は類似に係るものであるかどうかと、同法第一条第二項のいわゆる登録適格性に関する特別顕著性の有無とは、判然区別することを要し、混同すべきではないが、本件審決においては右にいわゆる特別顕著性の有無について言及したところもあり、本件も結局本願商標について登録適格性、換言すれば特別顕著性があるかどうかに帰着するのであるから、原告も亦こゝに本願商標について特別顕著性を具有することを主張した次第である。)
七、なお、本件出願の動機ないし縁由につき説明するのに、元来引用の三桝型の各登録商標は、原告の曽祖父丸山与衛(寛政十一年三月十一日生、通称与兵衛又は三桝屋休造)が遠く文政初年に着想発案し、その創製にかゝる麦落雁について、原告に至るまで累代広く使用し来つたものであるところ、右各登録商標権者たる鈴木平八こと大越代次(二代目代次)がその養父初代大越代次時代に原告の父丸山菊蔵の幼少の頃後見人たりし関係から右丸山菊蔵の長ずるに及び分家的に独立して原告家の同一営業をするようになり、右二代目代次において右菊蔵らの知らない間に登録出願したものであつて、原告は右各登録商標につき、いわゆる先使用権を有するものであるが、大越家との抗争を回避する目的で、種々苦慮考案の末、昭和二十六年七月二十五日に至り本件商標の登録出願に及んだものである。
八、なお、商標法第二条第一項に該当するかどうかを決定すべき標準時期は、同条同項各号の場合を通じて異同のあるべきは当然であるが、同項第九号において商標が同一商品に慣用される標章と同一又は類似であるかどうかを考えるについても、常に必ずしも登録当時(類否査定当時)を標準として決してはならないとすることはできない。仮に出願の時を標準として決すべきであるとしても、原告のさきに主張したように、本願商標を附した甲第五号証の掛紙は満六年余使用されて、かつて甲第六号証に表わされた既登録の引用各商標との間に相紛らわしい事例を生じたことのない自然的不動の事実は、右類否決定の最も重要有力な判断の資料として考察さるべきは、当然の事理である。
本願商標と引用各登録商標とは隔離的観察によるも、はた又対比的観察によるも、右基準に照し、毫も類似の商標というべきでなく、いわんや甲第五、六号証の掛紙におけるその使用の態様を考察するに、なお更である。
また、本願商標の称呼に関する原告の意図は、最も簡単に云えば、麦落雁に関する「亀甲型の元祖(キツコウガタのガンソ)」と呼ばしめんとするにあり、それが右商標の要部から流出する直感的自然的称呼であり、観念上も亦同じことが言える。
「元祖」なる権利不要求の部分についても、これを分離して特別顕著の要件を具備しないとしても、これを含めての要部の全体的、総括的、直感的観察を閑却すべき筋合のものではない。
第二答弁
被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。
一、原告の本件商標登録出願から、拒絶査定、抗告審判請求を経て、原告主張の審決がされ、その審決書謄本が原君主張の日に原告に送達されたことは認めるが、右審決の違法なることについての原告の主張を争う。
また、原告の本願商標が「キツコウガタのガンソ」と称呼されているという事実も否認する。
二、本件出願商標の構成は、別紙表示のとおり、三重の直線をもつて正六角形を描き、その中に「元祖」の文字をゴシツク体風に縦書し、その図形の両側にいわゆる「三桝」の紋章を夫々二分の一程度表わして成り、商標中「元祖」の文字自体については権利不要求の申出をしたものである。また、査定及び抗告審判の審決において本願拒絶の理由に引用した登録第九〇、六二一号及び第九一、一五四号の各商標は、いずれも別紙表示のとおりであつて、前者はほゞ正六角形をなす鋸歯状曲線より成る輪廓内にいわゆる「三桝」の紋章を配して成り、第四十三類麦羊羹及び麦落雁その他菓子類一切を指定商品として、大正五年六月十四日の登録出願にかゝり、同七年一月十七日に登録され、昭和十三年五月三十日及び同三十二年一月十八日にその商標権の存続期間更新の登録を経たものであり、後者も亦、いわゆる「三桝」の紋章(各三面の境界を白抜きに表わす)を描いて成り、第四十三類麦落雁及びその他の菓子一切を指定商品とし、大正六年二月五日の登録出願にかゝり、同七年二月六日に登録第九〇、六二一号の商標と連合の商標として登録され、昭和十三年二月十九日及び同三十年四月二十五日にその商標権の存続期間更新の登録があつたものである。
三、而して、抗告審判における審決の要旨は、引用の各登録商標はいずれも「三桝」の紋章を顕著に表わして成り、「ミマス」の称呼及び「三桝」の観念を有するものであること明らかであり、これに対し本件の出願商標は中央に表わされた三重線正六角形のの図形から一応「亀甲(キツコウ)」の称呼、観念を生ずるとしても、その両側に「三桝」の紋章を顕願に表わしており、かつ中央の亀甲図形も両側の「三桝」の図形の輪廓と同一のものであるから、「三桝」の図形を組み合せて図案化したものと印象せられ易いところであつて、結局「ミマス」の称呼及び「三桝」の観念をも生ずるものというべく、引用の各登録商標とはその外観において若干の差異が認められるとしても、その称呼及び観念において共通するところがあり、取引上彼此相紛らわしく、類似の商標たるを免れないし、その指定商品も同一又は類似のものであること明らかであるから、商標法第二条第一項第九号によつてその登録を拒否すべきものである、というにある。
四、原告は、右審判につき、事実を誤認し商標法の解釈を誤つた違法があつて、これを取り消すべきであると主張しているが、審決の理由は上記の通りであつて、何ら取り消されるべき違法の点は認められない。
第三証拠<省略>
理由
一、原告が昭和二十六年七月二十五日に別紙表示の商標につき、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品とし、かつ、右商標中「元祖」の文字については権利を要求せず、として登録出願をし(同年商標登録願第一五、一〇八号)、昭和三十年五月十九日に拒絶査定を受けたので、同年六月十七日に抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第一、二八〇号)、特許庁は昭和三十二年七月九日に至り、右請求は成り立たない、旨の審決をし、原告は同月二十日にその審決書謄本の送達を受けた事実は当事者間に争がなく、右審決の理由の要旨とする点が、原告の主張するような趣旨に帰することも、被告の争わないところと認むべきである。
二、ところで、審決が原告の本件出願を拒絶すべきものとした理由に引用した登録第九〇、六二一号及び第九一、一五四号各商標の構成がそれぞれ別紙表示のとおりであることは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、右各商標を構成する立方体の三面に表わされているように、順次大きさの異なる三個の正方形を、小なるものは大なるものの内部に正しく位置するように描いた図形を、「三桝(ミマス)」の紋章と称すること(例えば江戸歌舞伎における市川宗家の紋所として有名である。)は、顕著な事実であつて、右各登録商標は各「三桝」の紋章を描いた三面を斜めに見通すごとくに描かれた立方体の図形で構成されているが、右立方体の図形も亦その三面に描かれた図形によつて「三桝(ミマス)」の称呼及び観念を有するものと考えるのが相当である。いま、この前提に立つて、本件出願商標を表現すれば、それは、ほゞ被告の説明するごとく、三重の直線をもつて正六角形を描き、その中に「元祖」の文字をゴシツク体風に縦書し(右「元祖」の文字については権利を要求しない。)、その図形の両側に、前記の意味におけ「三桝」の紋章を描いた立方体を夫々二分の一程度表わして成る、ということができ、引用登録商標中、登録第九〇、六二一号のものは、ほゞ正六角形をなす鋸歯状曲線より成る輪廓内に、前記「三桝」の立方体図形を配して成るもの、また登録第九一、一五四号のものは、右「三桝」の立方体図形の三面の境界を白抜きで表わしたものであるということができよう。(いずれも、別紙表示のとおり。)たゞ、本願商標における右立方体の図形は、「三桝」の紋章を描いた三面を下から斜めに見上げたように(亀甲図形の両側にそれぞれ二分の一程度)表わされ、各登録商標におけるそれは、いずれも三面を上から斜めに見下すように表わされているの差異はあるが、そのすべてが「三桝(ミマス)」の称呼、観念を生ずるを認むべきことについては、右差異は何の影響もないというべきである。
また、右各登録商標がそれぞれ被告の主張のごとく登録されている事実は、原告の明らかに争わないところである。
三、さて、本件出願商標を構成する図形の中、中央に三重線をもつて描かれた正六角形の図形が、「亀甲」の観念及び「キツコウ」の称呼を有することは顕著な事実であるから、右商標は、右中央の図形によつて、「亀甲(キツコウ)」の称呼、観念(或いは、もし右図形の中の「元祖」なる権利不要求の文字の部分は、それだけでは独自の称呼、観念を生じないものとしても、他の特別顕著性ある部分と結合して自他甄別の標識たり得る称呼及び観念を形成することがある、との原告の見解を是認すべきである、とすれば、更にこれと併せて、「亀甲型元祖(キツコウガタガンソ)」又は「元祖亀甲型(ガンソキツコウガタ)」の称呼及び観念)を生ずるものと言うことができるが、右亀甲図形の両側にそれぞれ二分の一程度表わされている二個の前記「三桝」の立方体の図形によつて、本願商標が「三桝」の観念及び「ミマス」の称呼をも生ずるものである事実を否定することはできない。
この点に関し、原告は、右「三桝」の部分は本願商標につき附加的部分である、とし、或いは商標の称呼、観念はその全体的観察により決定さるべきである、として、種々主張するところがあるのであるが、別紙表示の本願商標の構成を見るのに、中央の亀甲図形の両側に位置するそれぞれ二分の一程度の二個の三桝紋章表示の立方体の図形は、大きさの点からみても、二個併せてほとんど中央の亀甲図形に匹敵し、その描出されている態様も右亀甲図形と並んで独自の印象を与うるごとく描かれているので、単にこれをもつて中央の亀甲図形の輪廓、或いは附飾としか見得られないものではない。また、原告の主張するいわゆる自然的及び全体的観察によつて見ても、本願商標において前記三桝紋章表示の立方体の図形を看過することができず、さらにまた、前に認定した本願商標中の両図形相互の関係に照せば、「亀甲」及び「三桝」の右両図形は必ずしも常に結合して観念し、かつ称呼されるものと断定することも、実際に適した考え方ということができない。
四、成立に争のない甲第八、九号証(前橋地方裁判所太田支部の各証明書)、証人野辺沼夘平の証言及び原告本人尋問の結果により成立を認め得る得る同第五、六号証(各掛紙)、原告本人尋問の結果により成立を認め得る同第七号証(掛紙受注の証明書)に、右野辺沼証人の証言及び原告本人尋問の結果を併せ考えるときは、別紙表示の本件各引用登録商標における三桝紋章表示の立方体の図形は、原告の曽祖父丸山与衛の代において商標として創案したもので、原告家は屋号を三桝家と称し、右商標をその商品の麦落雁について累代使用してきたが、登録出願をしないでいるうち、分家格の二代目大越代次において先んじて右商標の登録出願をし、それが本件引用の各登録商標であること、そのため、原告は右登録商標を使用したかどで商標法違反として前橋地方裁判所太田支部で審理されたが、原告は右登録商標につき商標法第九条第一項の先使用権を有するものである、との理由により昭和二十九年十二月二十四日に無罪の言渡を受け、その判決は確定したこと、原告はこれらのことから自家の商品を前記大越家の製品と甄別する目的で本件出願商標を考案し、本件登録出願に及んだものであること、そして原告は右出願の昭和二十六年の頃からその商品の掛紙に本願商標類似の標章を表示し、その掛紙(甲第五号証)の数、約六十万枚に達したが、その間前記大越家の商品につき使用され、前記引用登録商標を表示する掛紙(甲第六号証)とともに、それぞれその掛紙全体の相異なる印象によつて、その包装する両家の商品を識別せしめる一助となつていた事実を認めることができる。
右認定事実によれば、本件出願商標の選定にあたつて、原告の商号三桝家を表現する前示「三桝」の図形をすてることのできなかつた事情をうかがうことができ、本願商標はむしろ右図形に相当の重点をおいて考案されたものと考えるのが相当である。
そして右野辺沼証人の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告家の商品と大越家のそれとは、前示甲第五、六号証の掛紙によつて、取引上識別され、誤認混同された事例がない、というのであるが、さようなことは、事柄の性質上、両家の競業の事情に通暁しているものの間において、しかも現物取引の場合においてのみ言い得ることであつて、そのような事情を知らない一般の需要者、取引者にとつて、また現物を見ないでの取引については、本件各商標のみが商品の標識となることが予想されるのであつて、本願商標が他の商標と類似するかしないかの判断は、これらの各商標自体の構成に即してされなければならない、というべきである。
五、以上説示の理由によつて、本願商標は、その中央の図形によつて「亀甲(キツコウ)」の称呼、観念(或いは、権利不要求の部分と商標の称呼、観念の形成とに関する原告の見解を是認できるとすれば、これと「元祖」なる権利不要求の文字部分との結合によつて「亀甲型元祖(キツコウガタガンソ)」又は「元祖亀甲型(ガンソキツコウガタ)」の称呼、観念)を生ずるとともに、原告の意図いかんにかゝわらず、両側の図形によつて「三桝(ミマス)」の称呼及び観念をも生ずると認定するのが相当である。
右認定に反し、本願商標からは、その「三桝」の図形を有する事実にかゝわらず、取引上「三桝(ミマス)」の称呼、観念を生じ得ないということを納得させるに足る何らの資料が存しない。
そして、かように一個の商標から数個の称呼、観念が生ずるとき、その一を認めることが他を認めることと矛盾するものでないことはもちろんであつて、その一において他の商標と類似するときは、商標法第二条第一項第九号の意味における商標の類似があるものといわなくてはならない。
六、原告は本願商標と引用各登録商標との外観上の類否についても種々主張するが、本件審決は右両者の間に外観上若干の差異のあることを認めつゝ、その称呼及び観念において共通するところがあるから、類似の商標たるを免れない、としたものであること、成立に争のない甲第四号証の右審決書によつて明らかである。また、原告は本願商標の特別顕著性についても主張しているが、右甲第四号証によれば、審決は本件出願について商標の特別顕著性を問題にしているのではなく、たゞ本願商標中「元祖」の文字について、この部分は特別顕著性がないから、特別の称呼、観念を生じない、との趣旨を言つたに過ぎないものと解するのが相当である。(原告が審決の右見解に反対していることは、前記のとおりであるが、仮にこの点に関する原告の主張が正しいとしても、本件の結論には影響のないこと、前記認定に照して明らかであろう。)したがつて、原告のこれらの主張について本件において特に判断を加えるの必要はないであろう。更にまた、商標の類否判断の基準時期について、原告は、登録時をもつてその基準とすべく、登録時には本件出願商標は使用による顕著性を取得した、と主張するが、商標法第二条第一項第九号に該当するかしないかは、商標登録出願の時をもつてこれが判断の基準となすべきであるのみならず(昭和五年一月十五日大審院判決参照)、原告の主張する使用による顕著性取得ということは、元来、商標法第一条の商標は特別顕著なるものであることを要す、としたことに関するものであつて、同法第二条第一項第九号所定の商標の類否判断につき直接の関係がないというべきであるので、これをもつて前示結論を左右するには足りない。
七、結局本件出願商標は、「三桝(ミマス)」の称呼、観念を共通にする点において引用各登録商標と類似し、その指定商品の同一又は類似することについては、原告も明らかに争わないところであるので、その登録は商標法第二条第一項第九号により、許すことのできないものである、といわざるを得ない。
本件審決にはこれを取り消すべき違法の点がないので、原告の本訴請求を理由なしと認め、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内田護文 原増司 入山実)
本件出願商標<省略>
引用の各登録商標<省略>